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「いや、帰ってくるつもりやなかったし!」
後ろ暗い事があるときは特に。
ルチアーノは昔から、無駄に大きい表玄関からではなく、子供の頃に無断で作った
抜け道を使っての自室直行を好んでいた。
なのに。
この人は。
「ルチアーノ、家に帰ってくるときはなんて言うんだ?」
「…………た、ただ今戻りました」
何故かそこに仁王立ちになっているのだった。
(おかしい、絶対おかしいってこの人。帰るなんて言うてへんのになんでおるねん……)
「何か言いたそうだな?」
「いいえとんでもございません。ところでお姉さま、ボクの頭がみしみしいうてるんですけど」
ルチアーノが奇っ怪な姉の行動もとい現実の理不尽さに想いを巡らせていると、ふいに目の前が暗くなる。
――ああこれはアレだな、うん、どうしよう。
今度は差し当たっての問題に、どう対処するのが一番穏便に済むのかについて考えを巡らせ始めると
唐突に、こめかみのあたりが不穏な音を響かせた。
ここに至って呑気な末っ子と近所でも評判のルチアーノも、さすがに抗議の声を上げるのであった。
「ちょ、痛い! ねーちゃん痛い痛い!」
「リンゴのようにはじける中身があればいいけどな」
恥も外聞もあったもんではない。
そんなもんは、命あっての物種である。
ていうか爪が食い込んでダブルに痛い。しぬしぬ。
「いやちょ、ちょっと、ギブギブ! どこの世界に可愛い弟が帰ってきとんのに、いきなりアイアンクローかます姉がおるんよ!」
「ここに?」
「語尾ちょっとあげても可愛くないし! でー! 痛い痛いって!」
姉というのはなんという恐ろしい生き物かと言う事を。
骨の髄まで理解しているはずの彼は、しかしまったく懲りない性格でもあった。
帰ってくるたびに待ち伏せをされていても、なんども同じところを通り抜けようとし、
そのたびに捕まり、失言をし、痛い目にあう。まったくもって学ばない。
いうなれば、ここまでが一連のお約束であった。
「ごめんなさいは?」
「ごめんなさい!」
「もうしません」
「もうしません!」
「私が可愛くないって?」
「ちょー可愛いです! 世界一!」
「だよな」
ぽいっと。
飽きたおもちゃを投げ捨てるように、床に投げ出されて
頼りになるのはお前だとばかりに、壁にすがりつくルチアーノだったが、しかし
目の前の――ルチアーノにとっては一番上の姉にあたる女性は、
すでに遊びあきたおもちゃには目もくれずに、近づいてくる足音に注意を払っているようだった。
――ちゃーんす。
「……すいませんアドリーナさん、ボクの上から足どけてもらえたら嬉しいんですけど」
「はぁ?」
今のうち、とばかりに逃げようとすれば、目線はこちらによこすこともなく
右肩から首にかけてを上からふみつけられ、あえなく撃沈する。
もともと体力には自信がある方ではない。
有り体に言えばありんこレベルを自負するルチアーノである。
こうなればもうあとは、息を潜めただ嵐が過ぎ去るのを待つのみ。
そう自分を納得させている間に、曲がり角まで来る足音。
ああ嫌な予感しかしない、というやつである。
「あれ。ルチ。帰ってたの?」
「ええ、はあ。まあ」
「ふーん。ごゆっくり」
「いやいや。ねえ、この状況見てなんでそんな反応!?」
予想通り、長い髪を今日は難しい形に結いあげている――多分どこかに出かけるんだろう、ルチアーノにとって二番目の姉にあたる女性は、自分の弟が自分の姉に足蹴にされているというなんとも言いづらい状況を、特に何の感想も無いような目で眺める。
事実、ルチアーノを見下ろす次女、ビアンカには特に何の感想も無なかった。
ルチアーノが帰ってくる時の恒例行事であり、実家にいた頃にいたっては日常事であれば尚更。
それでも。
一応、聞いてみるだけ聞いてみようかな、なんて。
人間(エルフでも!)いつでも最後の瞬間まで期待を捨ててはいけないよね、なんちゃって。
ルチアーノは藁にもすがる思いで、ビアンカへと助けを求めてみる。
「ビアンカさん、助けてくれません?」
「嫌」
「はは」
(嫌って何!?)
「ちなみに言っとくけど、キアラ今留守だから。優しいキアラなら助けてくれるかも! とか思ってるならご愁傷さま」
ふっと。
鼻で笑う音が聞こえて、ルチアーノは今度こそ床と一体化した。
長女が長女なら、次女も次女だよな。
いや三女がいいというわけでもないけど。ましってだけだけど。
そういえば昨日の晩ご飯ってなんやったっけ。
ほうれん草の根っこが勿体無いのはわかるけど、一緒に茹でると
たまに砂かむんよなあ。あれはいただけん。
現実逃避を間に挟みつつ、鏡のように磨きこまれた廊下を引きずられていく。
バイバーイ、と軽い調子で遠ざかっていくビアンカの声が恨めしい。
恨めしいがどうすることも出来ない。いや、しない。怖いから。
かくして、ルチアーノは当初の目的通り、自室へと移動した。
訂正。
移動させられたのだった。
「……で、何で帰ってきたんだって?」
「いや、ですから最初から言っとるやないですか。特に意味はないですって」
「ふうん。また金の無心にでも来たのかと思ったよ」
「そ、そんな事、するわけないやないですか! ははは! いややなあお姉さまったら!」
「前はしてただろ。ねーちゃんお小遣いちょーだいって」
「昔は昔! 今は今!」
「昔ってほど昔でもないが」
確かに年始に帰宅したときに、お小遣いをせびった。事実だ。認めよう。
だが、あれはお年玉という名のごにょごにょ。
自室のソファの上、この部屋の主のごとく長い足を組み、ふんぞり返っている姉を見上げて、曖昧に笑顔を返すルチアーノ。
正直愛想笑いくらいしか出せるものがなかったわけだが。
見上げる、というほどに、この二人には身長差は本来無い。
女性にしては背の高いアドリーナと、男性のなかでは普通程度のルチアーノの座高の差がでたわけでもない。
ただたんに、ルチアーノは床に座らされているだけである。正座で。
――何の罰ゲームだこれ。
「ふ。まあ、良いが」
「ねえちゃん今日仕事は?」
「休みだよ」
「珍し……くもないか。そっか」
そうか、と二度繰り返して。
思い当たった理由に、そうすることでしかルチアーノは間が繋げずにいた。
そう、自分と違い早くに家業を継ぎ365日のうちのほとんどを仕事に費やす姉の
たったひとつ、仕事を休む理由。
「もう5年になるんやねえ」
「そうだな」
ルチアーノが、兄と呼びそこねた人がこの世界から消えた日。
一般的に言うところの、命日、が近いから。
幼心にも、特に何かドラマチックな出来事があったわけではないと記憶している。
ただ、そう。
彼の一族が住む森に1人の男が迷い込み、それを拾ってきたのが目の前の姉で、
自然の摂理のように2人はたやすく恋に落ち、そして結ばれた。
相手が、同族――この場合は新緑エルフでは無かったことだけが、ただただ
問題をややこしくした点ではあったけれど。
ひとつ、価値観。
ひとつ、生活習慣。
ひとつ、種族の差。
数え上げればきりのないそれぞれを解決してきた2人にも
時の流れを止めることだけは叶わなかった。
いや、そんなことは望んでいなかったのかもしれないけれど。
自然に訪れた始まりは、そして自然に終わりを告げる。
自然の摂理による、寿命という形で。
その日、アドリーナは静かだった。
次女のビアンカも、ルチアーノと歳の近いキアラさえ。
わかっていたのだ。最初から。この日が来ることを。
わかっていなかったのは、ただ、ルチアーノだけで。
「ボク、にーちゃん好きやったわぁ」
「珍しく気があうな。私もだよ」
ルチアーノをして、芸術的なセンスだと言わしめたその長い髪を揺らして
どこか硬質な印象を与える彼女は、小さく笑う。
「なあ、ルチアーノ」
「うん?」
「家に戻ってこないのか」
「うん」
「そうか」
「うん。ごめんな」
子供の頃のルチアーノは、大人しい子どもだった。
あまり家にいつかなかった、両親よりも親に近い存在の彼女に逆らったことなど
一度もなかったな、とふと思う。
手の中の古ぼけた花札を、二度、三度とひっくりかえしては絵柄を確認するように
顔の近くへと持ってきたり、遠くに離してみたりを繰り返すルチアーノ。
家を出る時に持ち出した、数少ないもの。
あるいは、それを宝物という名で呼ぶこともあるかもしれない。
「私のせいか?」
「ちゃうよ」
「じゃあ……」
「ちゃうよ」
姉のせいではない。
もちろん、ましてや兄と呼びそこねた彼のせいでもなかった。
「なあねえちゃん、花札のルールしっとる?」
少し声のトーンを上げて口を開いたルチアーノに、すこし驚いたように間をおくと
アドリーナはゆっくりとかぶりをふる。
「……いや、知らないな」
「おしえたろか?」
「……ルチアーノ。お前、いつまでそんな事してるつもりなんだ」
「トランプとちょっと似とってな、絵柄を――」
「ルチアーノ。私は今、真面目な話をしてるんだ」
「ボクもよ」
外見に似合う、アドリーナの硬質な声を遮って
1つ適当に抜き出した札、あかよろし。
「姉ちゃん、なんで兄ちゃんが良かったん?」
「……さあ。わからない」
「ボクも。なんかわからんけど、ええなって思った」
小さいころのルチアーノの世界は、この大きな家と、広い庭。それだけだった。
その外をぐるりと囲む深い森の外には、何も無いと思っていたのだ。
だから、彼に憧れたのかもしれない。
まるっきり、風の様に自由気侭に生きた彼を。
一番大好きな姉を取られるのが嫌だという、子どもらしい我儘で
最後まで兄と呼べなかったルチアーノを、笑って許してくれた彼を。
ムロマチ人のくせに、エルフの娘を妻にするなどという事をたった3日で決めたことも。
自分たちの心の中以外に、何1つこの世界に残さず旅立ったことすらも。
――いや、ひとつだけ。
手の中に残る、古ぼけた花札。
彼にせがんで譲ってもらった、ルチアーノの初めての戦利品であり
彼の残した、たった1つの品。
「でもな、ボクいややねん。
どういうふうに好きとか、どこから来たのかとか、何しに来たのかとか、何で好きになったんとか、知りたいねん。
曖昧なままにしとくの気持ち悪いんよ」
「……ルチ、」
「だいたいあの人なんなん、いきなりきて、姉ちゃんと結婚するから今日から兄ちゃんって呼んでええでとか。無いわ。おかしいって。
めっちゃ不審人物やん。姉ちゃんも姉ちゃんやで、ちょっと顔がええからってころっと騙されtすいません」
何かが顔の横をかすめていく風圧に、それが何かを確認する前に条件反射で謝るルチアーノ。
それに答えるように、背後の壁が悲鳴を上げた。
怖くて振り返ることが出来ないが、テーブルの上にあったはずの陶器製の灰入が消えていることが、今しがた起きた事すべてを物語っていた。
「……だから?」
「だ、だから! ボク知りたいねん! あの人のことも、ボクのこのもやもやーっとした気持ちの理由も! この森の外の事も!」
「それが、お前のその格好と口調になんの理由があるんだ」
「それはただ単にかっこええからリスペクトです!」
「……お前、自分で思ってるほど、似合ってないぞ」
「うっそー!」
いつもの調子を取り戻しつつあるルチアーノに、少し疲れたような顔を見せるアドリーナは
何事かを言いたそうに幾度か口を開いたが
「……今度帰ってくるときに、それ、教えろよ」
と花札を指さし、そう簡潔に述べるに留まった。
結局のところ。
家族一同が待望していた長男、そして末っ子であるルチアーノは非常に甘やかされて育ったうえに、その事実を本人が一番自覚している。
どんなに叱っても、駄目だと言っても、最終的には家族の誰もが自分の我儘に折れてくれることを、身を持って理解していたので。
「うん! あとお小遣いちょーだい!」
と言って、蹴り倒されたテーブルが飛んできたりもしたけれど、
ルチアーノの予定外の帰宅は、今回もつつがなく終わったのであった。
極論ではあるかもしれないけれど。
世界で一番尊敬する、世界で一番強い、世界で一番綺麗だと思う姉が
世界で一番好きだ、と言い切った男は、ルチアーノにとっては
世界で一番の男、という事になるかもしれない。
その姿を追い求めるという行為が、つまるところ一般的に俗っぽく言い表すならば
シスターコンプレックス、以外の何者でもないということも、理解しているかどうかは定かでは無かったが。
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