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ボクは子供の頃からいつも思ってたことがあって
眠りに入る瞬間はいつなのかと。
今日こそ寝る瞬間を確認するぞと気合を入れてお布団入るんやけど
もちろん寝る瞬間など覚えていなくて
時計を見てそろそろかな、そろそろかななどと思っている間に寝てしまうわけで
朝起きると、あーまた失敗だーって思ってたなあ。

なんでかなって思い返すと、たぶん眠ること=終りを連想してむやみに怖かったんだろうかな。
もしそれがわかるのなら、眠らないことで回避できるんやないかなとか。
子どもの考えることはいつでも奇想天外ですな。

明日はかならず来るけど、自分にかならず来るとはどうしても思えなかったし。
短い人生の中でも、ふとしたきっかけで世界は一変するものだくらいは知っているし
眠りについて、次に目が覚めると朝という自然のサイクルは
素晴らしい奇跡的なもののよーに思えます。

もし明日が来ないとしたら、それを怯えて眠らないのではなく
明日が来ないとしても、安心して眠りにつけるように
今日できることは今日中に
今日出会った人は今生の別れでもいいように
後悔しないように。

今日一日の奇跡に感謝と、明日が来ますようにとの願いを込めて眠りにつきたいもんです。

けれどまあ、そう簡単に終わるあれでもないので
明日明後日と続く日々のなかで、きっといつか解けるだろうと信じて
いま出ない答えの問も、飽かず考え続けていきたいもんです。

.o(声を大にして言おう、中二病乙と)
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ふと
僕もおんなじことしてたなあと思って へへ
小さい頃って 何度失敗しても 懲りずにまた挑戦するんだよね
もちろん またがある素晴らしさなんてわからなくて ただ夢中に

後悔のないように
ほんと 当たり前は当たり前じゃあないものね
終わりがあるからこそ 痛みも優しさも噛み締めることができるのかも
目の前のしあわせを 絆を 大切に 小さなことに喜びを感じられる心でありたいね
2010.12.16(Thu) Edit
無題 ルチ
ここに同士がー!
そうそう、子供の頃って本当にいろんなことがキラキラしてて
でもそれが当たり前なのかそうでないのかがわからなかったんよねえ。

物事の道理が少しわかってくると、おやすみなさいって言うて次の日が来ることや
またね、って言うてまた会える、ということがどれだけの奇跡なのかってねー

終わりへの興味やら、恐怖やらはいつまでもつきまとうもんやけど
それすらも生きとるからこその今の喜びと思えたら
周りぜーんぶにむかって、ありがとーって言える自分になれるかもしれんよね!

そうありたいとボクも思います。
2010.12.17(Fri) Edit
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